高校野球から「パワハラ」をなくして「相手への尊敬」をはぐくむ

高校野球から「パワハラ」をなくして「相手への尊敬」をはぐくむ

2020年6月12日
ゲストトーク【野球談議】

野球教室のPyrus Baseballでは、どんな学びを子どもたちに届けるべきか、日々議論を重ねています。第4回のオンライン会議では、「エンジョイ・ベースボール」という考え方を提唱してきた上田誠・元慶應義塾高校野球部監督を招いて、今の指導法に至った経緯を聞きました。

【話者紹介】

上田誠:(うえだ・まこと/慶應義塾大学経済学部卒。選手時代は、湘南高校・慶應義塾大学で投手や外野手として活躍した。大学卒業後、桐蔭学園高校野球部副部長、県立厚木東高校監督、慶應義塾中等部副部長を歴任後、1991年から2015年まで慶應義塾高校野球部監督に就任。数多くの選手をプロ野球・社会人野球に輩出してきた)

小林巧汰:(こばやし・こうた/1993年生まれ。小学2年から野球を始め、高校まで日本でプレー。大学は米Benedictine College 野球部に所属しつつ、ファイナンス学部を首席で卒業。その間、ドミニカ共和国で学生野球のコーチを務める。新卒でみずほ銀行・証券に入行後、株式会社パイラスを設立)

國正光:(くにまさ・ひかる/1991 年生まれ。小学 3 年から社会人まで野球を続け、現在はリクルートの企画営業として従事。同時に、高校生のキャリア教育や体育会学生就活支援など多岐に活動中)

北條貴之:(ほうじょう・たかゆき/1991年生まれ。小学1年から野球を始め、拓殖大学に進学後、社会人チームのカナフレックス野球部で5年間プレー。大学と社会人チームでは主将を務める。現在は東京情報大学野球部のコーチに従事)

オンラインミーティングの様子

監督解任騒動も…上田元監督が挑戦した高校野球の大改革

國正光 上田先生は軍隊式の野球を否定し、野球を楽しむことを第一に、選手の自主性を重んじて強いチームをつくるという「エンジョイ・ベースボール」の考え方を提唱しています。この考え方に至った背景を教えて下さい。

上田誠 昔は僕もひどくてね、いわゆる古いタイプの人間でパワハラまがいのこともやっていました。大学で教職を取って指導者の道に進んでから、最初は桐蔭学園で副部長とコーチをしました。そこは朝3時半から練習するという大変な環境で、さらに先輩は後輩をなぐるなど本当にパワハラが半端なかった。確かに、桐蔭学園の野球部は強くて甲子園にも行きました。トーナメント制の一発勝負の試合で負けない選手をつくるためには、子どもたちを追い込む必要があるかもしれないと考えたこともあります。

ただ思い返せば、私も高校時代は野球部の先輩に殴られたり蹴られたりと、まさに奴隷といえる環境でした。先輩になぐられて気絶し、気がついたら全く違う場所にいたこともあります。そうした辛い思い出もあり、パワハラばかりの指導環境は違うのではないかと思い、2年で桐蔭学園を辞めて県立高校に移り、その後で慶應義塾高校の野球部に行きました。

慶應高校の野球部には上下関係が強く残っていましたが、僕が「おかしい」「これは嫌だ」と思ったしきたりを全部変えていきました。例えば下級生の担当だったグラウンド整備を上級生にやってもらい、体力がない下級生は早く帰宅させて、「自主的に素振りでもしてくれ」と伝えました。また、高校野球は坊主が一般的ですが、慶應高校では髪の毛を伸ばしていい、監督の話を聞く時も帽子を取らなくていいとしました。

大事なことは、全て子どもたち自らに考えさせるようにしたことです。僕が「監督なんてただの野球好きのおっさんで、子どもたちよりちょっと長く生きて野球をやっているだけだ。不満があったら言え」と子どもたちに言ったら、本当に退任騒動が起きて、実際に不信任票が入って監督を辞めさせられそうになったこともあります。でも、子どもたちが自らプレー中のサインを考えるなど、面白い発見がどんどんできた。ただ、神奈川県内ではめちゃくちゃ嫌われて、「慶應とは練習試合やらない」という高校も多かったですがね。(笑)

大人のための教育は不要、子どもが「考える力」を育てたい

毎週土曜日、品川区の野球チームに所属しない子どもたちを対象とした野球アカデミー

國正 上田先生は指導する上で何にこだわっていますか。

上田 相手をリスペクトする気持ちを大事にしろと口酸っぱく言っています。先日、高校時代の教え子で社会人野球をやっている選手とこんな話をしました。私は高校時代から「どんなに負けていても相手がファインプレーしたら褒めろ」と指導してきましたが、その選手はこの取り組みを大事にして大学野球でも社会人野球でも続けてきました。しかし、実際に負けている試合で相手を褒めたら、社会人野球の監督にベンチ裏に連れて行かれて「相手を褒めてんじゃね−よ」と叱られたというのです。これは悲しい話です。

北條貴之 試合で負けている時に相手を褒めると、仲間から罵声を浴びせられることすらあります。野球界はどうしても勝つことに執着している印象です。

上田 同感です。少年野球でも、選手がエラーした時や相手ピッチャーが四球を出した時など、監督が汚い言葉をかけることがある。時には親御さんがヤジを飛ばすこともある。これはスポーツマンシップのかけらもない話です。子どもの頃にスポーツマンシップを教えないと駄目で、勝利至上主義が染み付いてしまう。一方で、アメリカの野球はそうではありません。

小林巧汰 アメリカの大学野球では、ヒットを打つと一塁ベースで相手選手からハイタッチされます。また、良いプレーが出ればみんな立ち上がって拍手します。こうした野球の面白さを、アメリカに行き初めて感じました。アメリカには「良いものは良い、悪いものは悪い」という道徳観が根付いています。これは実体験として積極的に伝えていきたいですね。

北條 指導は勝利至上主義になりがちですが、、これは指導者自身の評価を上げたいという気持ちが強いからだと思います。一方で、子供のためという目線は忘れられてしまっている印象です。教育が前提にあり、その中で野球への指導があるという発想が重要だと思っています。

上田 少年野球の教育では、揃って挨拶することや靴を綺麗に並べることが教えられますが、これらは大人のための教育と言いますか、大人が見ていて気持ちが良いと感じるための指導がものすごく多い。これにムカついています。でも、チームの中の一人の子どもに話しかけてみると、自分の考えをきちんと喋れないことが多いです。気味が悪いくらいに規律が取れた軍隊的なチームではなく、個々の選手が自分で考える力を育てるのが教育です。敬語を使えることよりも、自分の思いを伝えられる方が良いと思います。

この観点では、練習の最初と最後に「社会でこんなことがあったよね」という話をすることが大事です。最近のテーマだと、「新型コロナウイルスの影響でみんながトイレットペーパーを買い占めたら必要な人が買えなくなるよね」という話などですね。また、ラグビースクールは野球教室と違ってスポーツマンシップの話ばかりするのだそうです。例えば、電車で席を譲るというテーマですね。こういう問いを子どもたちに投げかけています。

>後半に続く