東京都世田谷区・川崎市高津区にある野球教室のパイラスベースボールでは、どんな学びを子どもたちに届けるべきか、日々議論を重ねています。第10回のオンライン会議の後半では、引き続きスポーツ科学の専門家である永野智久さんと、子どもたちと話す時の言葉遣いや子どもたちを指導する上で必要な理想像について話し合いました。
ゲスト紹介
永野智久(ながの・ともひさ/1977年生まれ。博士号(学術)。慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)において10年間研究と教育に従事。2015年10月 より&SPORTS代表と慶應義塾大学大学院SDM研究科特任准教授、2019年4月より横浜商科大学商学部准教授を務める。専門はスポーツ科学及び人間工学。「巧みなワザやコツの可視化」をテーマとして、サッカーを中心にスポーツ選手のパフォーマンスを定量的に評価する研究を続けている)
子どもとの対話は言葉遣いで大きく変わる
國正光(パイラス・ピッチングコーチ) コロナの影響で、パイラスも3ヶ月間は屋外での活動を自粛していました。コロナの中でも何かできないかを考えて、素振りなどの動画を子どもたちに送ってもらい分析してから、理想的なプロ野球選手のスイング動画を送り返しました。すると、コロナが一段落ついて屋外練習を再開すると、プレーが上手くなった子どもたちも出てきました。理想と現在のギャップを知ることが大事だと気付かされた瞬間です。もう一つの大事な要素が、指導者は相手の理解度に応じた伝え方ができているかどうかではないかと思っています。
永野智久 まさにその通りです。伝え方については、特に子どもを相手にする時は、子どもの年代の言葉で話すことが重要だと思います。また、子ども同士で話をさせるのも大事です。指導者の言っている内容を理解できている子どもを介して、チームの皆に伝える方法もあります。
子どもに対する言葉の選び方に関してですが、私がはっとさせられた話があります。それは子どもが学校から帰ってきた時に、「今日は何か良いことあった?」という聞き方をしてしまうというものです。子どもからすると「何かって何?」という話であり、「学校であったことを全て話さないといけないの?」と思ってしまいかねません。
スポーツをしている子どもたちと指導者・家族との間のコミュニケーションの質の向上を目的として、「しつもんメンタルトレーニング」というサービスを運営する方がいて、彼に教えてもらったのが「何か良いことあった?」ではなくて「何が面白かった?」「今日面白かったことを一つだけ教えて」と、答えやすさにフォーカスした質問をするというものです。そうすると子どもたちも答えやすく、子どもの返事に対して「それは面白そうだね」「その次に面白かったことは何?」という良い質問のループが出てきます。何気なく使っている言葉のニュアンスを少し変えるだけでも、子どもたちからの答えは変わるのです。
子どもごとに理想とする選手像を設ける
國正 指導する中で、子どもたちが自らの目標設定をクリアしているか評価するのは難しいと実感しています。どういう項目を置けば、子どもたちの変化を証明できるのでしょうか。
永野 「試合に勝つ」という漠然とした目標や、「時速100キロのボールを投げられるようになる」や「遠投で50メートル投げられるようになる」などチームで単一の目標を掲げがちです。そうではなく、個別に設定した目標を達成できたかどうかが大事で、指導者はそれを評価しないといけません。短期・中期・長期でどうなりたいかを具体的な考えて、その目標に対してどこまで到達しているかを本人といっしょに振り返っていくことが必要です。どういう目標が正しいのかを振り返って判断するのは難しいものですが、子どもの年代によっては、目標に向かって行動する経験そのものが力になることもあります。
私の専門分野であるサッカーは、何が正しいかを評価しにくいスポーツでもあります。ある選手が右の選手へのパスを選んだとして、その判断を完全に駄目だと言い切ることはできません。ですので、本人がなぜそうしたかという意志と結果が合っていれば良しとして、フィードバックとコミュニケーションを続けます。野球も似たようなことが言えると思っています。子どもによってスイングのかたちが違っていて、何が正しいかと結論づけるのは難しい。だからこそ、子どもの理想像のタイプごとを見極めてあげて、個別の理想像に対して近づけているかを見てあげる指導が大事になってきます。
トップアスリートを理想像に設定するとして、サッカーでは同じ中村でも中村俊輔選手か中村憲剛選手なのかで目指すプレースタイルは明確に違います。子どもに目指す理想像を聞いてあげて、本人の現在地との差を比較する。そして、理想像に近づける練習を選択できているかをフィードバックしてあげるのです。そうすれば、目指すべきプレーにより近づくことができると思います。
國正 最後に、学童野球における指導者にはどういうスキルセットが必要だと考えていますか。
永野 一つの集団が何を目指すかによって、指導者に必要なスキルセットは変わります。集団には同じ目標を持つ子どもが揃ったほうがよく、子どもたちが求める目標と指導内容がマッチすることが大事です。その意味では、指導者を含めた指導環境に課題があることが多く、指導者スキルのレベルアップと同様に組織の構造改革が必要だと思っています。かつてサッカーをしたい小学生は地元の少年団に入らないといけませんでしたが、Jリーグチームのアカデミーができたことで選択肢が増えました。旧態依然とした構造を壊す取り組みが求められています。
その一方で、運動が苦手な子どもはどんどんスポーツをやらなくなってしまうという問題も出ています。この問題を解決しようとするアカデミーも同じく重要です。私の知り合いに、競技力向上を目的とした競争型のアカデミーではスポーツ本来の楽しさを見出せない子どもたちでもサッカーを楽しめるように、「うみべのサッカークラブ」という共創型のアカデミーを立ち上げた人がいます。パイラスも同様の目標を掲げていますが、そんなアカデミーが増えることを期待しています。