野球教室のPyrus Baseballでは、どんな学びを子どもたちに届けるべきか、日々議論を重ねています。第4回後半では、「エンジョイ・ベースボール」という考え方を提唱してきた上田誠・元慶應義塾高校野球部監督と、少年野球が抱える課題を話し合いました。

【話者紹介】

上田誠:(うえだ・まこと/慶應義塾大学経済学部卒)

選手時代は、湘南高校・慶應義塾大学で投手や外野手として活躍した。大学卒業後、桐蔭学園高校野球部副部長、県立厚木東高校監督、慶應義塾中等部副部長を歴任後、1991年から2015年まで慶應義塾高校野球部監督に就任。数多くの選手をプロ野球・社会人野球に輩出してきた)

肘を手術する小学生が頻出、少年野球の試合数は多過ぎる

國正光 上田先生は少年野球や学童野球の在り方をどう考えていて、どんなふうに変わってほしいと期待していますか。

上田誠 神奈川県で学童野球セミナーをやっていましたが、ある時、病院関係のセミナーを手伝ったことがあります。その時、野球チームの専属ドクターから「神奈川県では1〜2年間で(肘の靱帯断裂を治す)トミー・ジョン手術を実施した小学生が20人いる」という話を聞いて衝撃を受けました。それ以降、学童野球連盟の人に会って今の少年野球・学童野球が置かれている現状を聞き、「これは野球をやるべき環境ではないな」と思いました。

一つが試合数の多さです。今の少年野球は、地元のJAが企画する大会や企業がCSR活動の一環で開催する大会など、数多くのローカル大会に出場しています。そのため、年間で200試合をやっている野球チームもあります。複数の大会をはしごして、朝・昼・晩の一日で3試合するというチームもありました。中には、3試合はピッチャーとして投げて1試合キャッチャーをやるなど一日で4試合に出場する選手もいました。

また、試合のマナーもなっていない。相手ピッチャーのカウントが3ボールになると「フルカウントまで立っていればいいんだ!」と大声をかけ、相手ピッチャーが四球を出した時には罵声を浴びせる。さらに一塁にランナーが出ると盗塁を仕掛ける。小学生は肩が弱く、普通のキャッチャーでは盗塁を防げないにも関わらずです。

こうしたことがあるからか、かつては2000あった神奈川県の少年野球チームが500の4分の1まで減っています。野球人気に陰りが出ている証拠です。野球界をボトムアップで支えるためにも、小学生野球からなんとかしないといけません。

試合数を減らし、盗塁を廃止して、モラルも高める。試合には一回ベンチに下がってももう一度出場できるようにしていい。投球がキャッチャーまで届かないならば、ピッチャーとキャッチャーの距離を近づけてもいい。また人数が足りないなら、大人がピッチャーをやってもいい。中には一日に8時間練習しているチームもあるので、それを3時間にとどめる。球数も、練習を含めて1日で70球や1週間で200球まで制限する。こういうかたちで、子どもが野球を楽しめるために運営側を変えていきたいというのが私の思いです。

國正 少年野球の試合形式は、一回負けたら終わりのトーナメント制が多いです。何試合もできるリーグ制の方が良いのではないでしょうか。

上田 僕も特に、トーナメント制の夏の全国大会はいらないと思っています。その代わりに、少年野球連盟から脱退したチームを地元で10個くらいつくり、リーグ制の試合をする。その方がみんな試合に出れるはずです。さらに、シーズンオフを2カ月ほど設けつつ、リーグの年間優秀選手を決める。そしてたまにはサッカーなど他のスポーツもする。そっちの方がいいでしょう。

小林巧汰 夏の暑い時期の全国大会は危険だと思っています。私の知り合いに、アメリカのテキサスで野球アカデミーをやっている人がいます。彼は「テキサスの夏は熱くて危険だから、野球はしない」とはっきり言っていました。子どもたちのことを真剣に考えているから、こうした決断ができるのでしょう。

親御さんの辛さを緩和しないと少年野球は長続きしない

國正 ヤジをガンガン飛ばす親御さんもいる中で、野球教室は親御さんとどんな関係性を目指すべきでしょうか。

上田 少年野球ではこれが難しい問題です。親御さんがコーチをやっている場合もありますからね。ただ親御さんがコーチをすることには、子どもがチームを卒業したらコーチもいなくなるため、継続性が全くないという問題があります。仮に、特定のコーチが子どもの自主性を大事にする野球をしていても、そのコーチが居なくなれば軍隊式の野球に戻ってしまいます。

小林 私は親御さんには、「できるだけグラウンドに入るのはやめてください」と伝えています。子どもには子どもらしくいられる時間が必要です。パイラスはそうした場にしたいと思っていますが、そこにお母さんや異性の視線があると、格好良い姿を見せたくて良い子ぶってしまうからです。

同時に、子育てから離れた自分の時間をつくってほしいという親御さんへの思いもあります。本を読んだり、料理を楽しんだりと、親御さんにも趣味の時間を大事にしてほしい。上田先生は野球チームが2000から500まで減っていると仰っていましたが、親御さんへの負担が大きいこともチーム減少を加速させる一因です。

上田 私のTwitterアカウントに、親御さんからこんな意見が寄せられました。「(土日に野球練習がある前日の)金曜日の晩は胃が痛いです。子どものために弁当を作り、車で送り迎えをして、さらに懇親会があれば出て監督にビールを注がないといけません。週末が来ると思うたびに辛いです」。このように親御さんが「子どもが早く野球教室を卒業しないかな」と思っている状況では、少年野球は長続きしないでしょう。一方でサッカーは、野球と全然違って午前中2〜3時間だけ練習して解散するチームも多い。サッカーの練習には見習うべきことが多々あります。

子どもの怪我を防ぎ、子どもが楽しめるために変えるべきこと

國正 上田先生、今日はありがとうございました。お話を聞いて、数多くのトーナメント制の大会への参加が強いられる現状では子どもの怪我が多く、それを改善して子どもが楽しめるような運営にするためには、

◯トーナメント制の全国大会を廃止、地元チームでリーグ制の大会を開く

◯同時に子どもが参加する試合数そのものを減らす

◯盗塁を廃止するなどモラルやマナーを改善する

◯練習時間を一日3時間ほどにとどめる

◯一日70球や一週間で200球など球数制限を設ける

 といったことが必要だと気付きました。改めて最後に、学童野球に携わっている指導者や保護者に向けて一言お願いします。

上田 試合で勝つことを目指すのは当たり前ですが、勝利にこだわりすぎると子どもの将来性を潰してしまいます。例えば勝つために同じ選手を出すのではなく、キャッチャーには色んな選手を交代で出すといったふうに変えていきたい。このように野球が上手くない子どもでも「これやると面白い!」と感じられる機会を増やすことで、みんなに長く野球をやってほしいと思っています。

小林 こういったことを話すだけで終わらずに、常日頃手を動かさないといけません。新型コロナが一段落してから、パイラスも子どもたちを集めてリーグ制の大会をつくっていきたいと考えています。上田先生と一緒に、少年野球の環境を変えていきたいです。

上田 はい、一緒に頑張りましょう!

~パイラスベースボールアカデミー~
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