少年野球教室を世田谷区・川崎市で運営しているパイラスベースボールでは、どんな学びを子どもたちに届けるべきか、日々議論を重ねています。
第11回のオンライン会議では、スポーツ医学の専門家でありトミー・ジョン手術の権威である古島弘三先生に、野球大国であるドミニカと比較して、日本の野球少年の怪我がどれくらい多いかを教えてもらいます。
ゲスト紹介
古島弘三(ふるしま・こうぞう/慶友整形外科病院スポーツ医学センター長。弘前大学医学部卒業後、弘前大学整形外科に入局。弘前大学大学院を卒業後、大学関連病院の勤務を経て、2006年から慶友整形外科病院に就職。日本整形外科学会専門医。日整会認定スポーツ医。日本体育協会スポーツドクター。医学博士)
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少年野球の肘の怪我の数、ドミニカは日本の「半分」
小林巧汰【パイラス代表】(以下、小林):古島先生は以前、ドミニカの野球を視察しに行っていたと聞いています。その後、ドミニカの野球の影響を受けて、指導者のライセンス制度を立ち上げられました。この話について聞きたいと思っています。まず、ドミニカに行った背景から教えてもらえますか。
古島弘三(以下、古島):毎年、離断性骨軟骨炎や靭帯損傷などの野球少年の症例の現実を知ってもらうために、群馬県館林市にある慶友整形外科病院で野球指導者向けの講演を主催しています。ある時、ドミニカの野球が素晴らしいと発信していた、堺ビックボーイズの指導者である阪長友仁さんに、面識もないままいきなり「講師をお願いできませんか」とメールを送ったのが出会いのきっかけでした。その後、阪長さんと仲良くなり、ドミニカの話を聞いて現地に赴くしかないと決意しました。
小林:ドミニカには、肘が痛いという子どもが少なかったという話を聞きます。
古島:ドミニカの子どもが誰一人とも肘を痛めていない、というわけではありません。ただ、日本人で統計を取ると、どの地域でも100人ほどエコー検査をすれば30〜40人くらいは肘に障害が見つかります。一方のドミニカでは、肘の内側の障害は日本人の半分ほどの割合しかいません。さらに、肘の外側を100人ほど検診すれば、日本では約5%の子どもに障害がありますが、ドミニカではほぼ0%でした。この確率にとても驚かされましたね。
怪我の原因は「小学生を酷使」させる指導者にある
小林:日本の子どもに怪我が多い理由は、指導者にもあるのでしょうか。
古島:指導者にもよります。試合に勝つために練習時間が長かったり、上手いピッチャーばかり偏って試合に登板させられたり、球数制限がなく一試合に150球も投げさせられたり、土日も関係なくダブルヘッダーで連投させられたりしている子どもは、病院で診断するとひどい肘の状態であると分かります。
その中には手術が必要な子どもも多く、小学生で手術を受ける子どももいます。また、小学生で肘を痛めても、結局病院にこないで我慢してしまう子どももいます。そうすると、中学生に上がって、だんだんと痛みが悪化して、すぐ手術が必要となる場合があります。中学生が手術しないといけないほど追い込まれる本当の原因は、小学校時代にあることも多いのです。
そういった野球少年の現状を知ってもらうために、指導者向けの講演をやっていました。すると、たまたま私の講演を聞いた群馬県のスポーツ少年団の関口会長が、「現在の野球の在り方がこんな状況では駄目だ」と思われ連絡をしてくれたことがきっかけで、指導者のライセンス制度を作る流れになりました。群馬県のスポーツ少年団の野球指導者は、年に一回、指導者講習で私の講演を聞かないとベンチに入れないようになりました。それが一つ大きな変わり目になりましたが、その会長が学童野球の現状に理解がある方だったからこそ実現した話です。日本の指導者の中には、いくら危険性を伝えても聞く耳を持たない人もたくさんいるからです。
少年野球から怪我防止策として球数制限を導入すべき
小林:講演では、具体的にどんなことを教えているのですか。
古島:肘の外側でいえば、離断性骨軟骨炎の手術の動画や写真を大っぴらに見せています。肘の内側でいえば、小学生は骨が弱いので、靭帯との付着部が剥がれてしまうことがあります。これを裂離骨折といい、しっかり治癒するためには投球を中止にして肘を固定しておく必要があります。骨がつけば治りますがつかないまま中学生や高校生に上がると、より負担が大きくなり痛みが再発しやすくなります。つまり、小学生で痛めて中途半端にしか治らないと、高校生や大学生の時にまた痛みが出て手術しなければ全力投球ができなくなってしまう可能性が高まります。その原因は、高校生で投げ過ぎていることもありますが、小中学生の時にそうした肘の状態に気付かず練習しているからです。
そこで最も大事なのは、小学生から球数制限を導入することだと思います。学童野球では70球と全国的なルールができました。これをきっかけに変わっている指導者も増えていますが、練習試合では守っていないチームもあります。
少年野球はすぐに勝利至上主義から脱却して練習時間を短縮化するべき
小林:球数制限以外でいえば、どんな取り組みを導入したらいいのでしょうか。
古島:一つは、練習時間を短くすることです。そのためには、勝利至上主義ではなく育成至上主義に変えることが必要です。練習試合でも勝ちたいという保護者や指導者がいますが、それをやっていると駄目です。ピッチャーが一人で投げ切るという発想転換して、ピッチャーを育てるという発想に変えないといけません。チームが試合で勝つために、上手な子どもをピッチャーだけに専念させるのではなく、色々なポジションを経験させることも大事でしょう。
育成する目線がなく、勝つことに比重を置いた野球チームでは、守備練習で行う「ケースノック」の頻度が多いです。この練習では、「こういう場面ではここに投げる」ということを繰り返し叩き込みますが、小学生レベルではそれさえ分かっていれば確かに試合でもチームが勝ってしまいます。でも、こういう練習ばかりでは、個々の子どもの能力は上がりません。子どもたちは「野球で勝つ」ことを教わっているだけです。長く練習をしていると、小学生や中学生の時点では練習量が多ければそれだけより上手ですが、一方でその後であまり技術が向上しないこともよく目にします。
反対に、ドミニカの子どもたちがしていることといえば、ケースノックみたいな練習は全くなく、試合を通じて野球というものを楽しんでいます。エラーしても選手は怒られず、自由気ままでやっています。その中で野球を好きになったら、子どもたちは「うまくなりたい」と思い自ら練習するようになります。日本の野球は練習時間が長く、ケースノックやシートノックばかりで退屈になりがち。つまらない練習内容だったりエラーして怒鳴られる場面も多く、中学生や高校生で野球を辞めてしまう子どももいます。さらに、頻繁に怪我もしてしまう。指導者はやみくもに子どもに怒鳴り、ベンチの傍らでタバコを吸いながら指導しているので子どもたちも萎縮してしまういます。そういう指導者を変えないといけません。海外の野球指導者からみると、日本ではマフィアが野球を教えていると言われているのです。
長時間の練習は怪我だけでなく燃え尽き症候群の原因にも
小林:今の学童野球の現状は、理想と真逆である印象を受けます。
古島:私がポニーリーグという中学生の硬式野球チームを立ち上げた時の話ですが、中学1年生の入部時メディカルチェックすると12人中11人は故障歴があったというくらい深刻な状況に陥っています。子どもは指導者の言いなりになり、勝ったか負けたかに一喜一憂してしまうため、考える力は育ちません。さらに怒鳴られるのが怖くて、失敗しないようにと身体が反応してしまうため思い切ったプレーができなくなっています。
確かに昔は、練習をなるべくたくさんやったほうが良いという風習がありました。今でも小学生は真夏の時期に、朝7〜8時から17時まで練習をしています。しかし、これだけ野球障害の原因がわかってきたこの時代で、これはあり得ない状況です。根性は身に付く?かもしれませんが集中力は育ちません。練習している割にはあまりうまくならないのです。だから、長時間練習を課すことによって練習が嫌いになったりする子もいるのです。
一つの事例として、よく大会で優勝する小学生の野球チームがあります。そのチームでは、試合がない日は朝8時から18時まで練習し、試合がある日はダブルヘッダーかトリプルヘッダーが当たり前という内容でしています。そんなチーム出身の子どもが、中学生に上がると半分以上が野球を辞めてしまっているのです。さらに、高校生まで行って活躍する選手も少ないと聞いています。小学生の時にみんなバーンアウトして(燃え尽き症候群)しまうのです。他にも、子どもが怪我をしても「病院に行くと投げるなと言われるから行くな!」と指導者が伝えるチームすらあります。
私が活動する群馬県の環境はかなり変わってきました。私が指導者向けの講演を立ち上げた時は、参加している指導者の視線に怖いものがありました。私のことにブログで批判めいたコメントを投稿する人もいました。しかし、この活動ももう10年以上経過し、理解してくれている指導者も多くなり今はすごくやりやすくなっています。
古島さんのインタビュー後編はこちらから